第2講 点列の収束
絶対値
順序体 $X$ の各元 $x$ の
絶対値を
$|x|\stackrel{\mathrm{def}}{=}\max\{\,x,\,-x\,\}$
により定義する.
$\max\{\,x,\,-x\,\}$ はもちろん「$x$ と $-x$ のうち大きい方(小さくない方)」という意味である.一般の順序集合における「最大元」「最小元」については次講で述べる.また
$|x|= \left\{\begin{array}{ll}x&\mbox{if $x\ge 0$}\\ -x&\mbox{if $x < 0$}\end{array}\right.$
であることは容易に確かめられよう:
順序体における点列の収束
$X$ を順序体とするとき,その正元からなる集合を
$X_+ \stackrel{\mathrm{def}}{=} \{\,x\in X\,|\,x > 0\,\}$
と書くことにする.$X$ の点列 $(x_n)_{n\in\mathbf{N}}$ が $x\in X$ に
収束するとは
$\forall \varepsilon\in X_+,\ \exists N\in\mathbf{N},\ n\ge N\ \Rightarrow\ |x-x_n| < \varepsilon$
が成り立つことをいう.このとき $x$ を $(x_n)_{n\in\mathbf{N}}$ の
極限点といいい
$\displaystyle \lim_{n\to\infty}x_n=x$
と表す.
一般に,集合 $X$ の
点列とは,番号 $n\in \mathbf{N}$ に $X$ の元を対応させる写像のことをいう.$X$ が $\mathbf{Q}$ や $\mathbf{Z}$ など「数」の集合の場合は
数列ということが多い.
例えば,$X=\{\,a,b,c\,\}$ のときは,$X$ の点列として
$x_n=\left\{\begin{array}{ll}a&\mbox{if $n=3m-2$}\\b&\mbox{if $n=3m-1$}\\c&\mbox{if $n=3m$}\end{array}\right.\qquad(m=1,2,3,\ldots)$
のようなものが考えられる.$a,b,c$ が「数」でないときにこれを「数列」と呼ぶのは憚られるので「点列」と言っているのである.
順序体 $X$ において $\displaystyle \lim_{n\to\infty}x_n=x$ を正しく表しているものはどれか.
$\mathrm{(a)}$ $\forall\varepsilon\in X_+,\ \exists N\in\mathbf{N},\ n \ge N\ \Rightarrow\ |x-x_n| < \varepsilon$
$\mathrm{(b)}$ $\forall\varepsilon\in X_+,\ \exists N\in\mathbf{N},\ n \ge N\ \Rightarrow\ |x-x_n| \le \varepsilon$
$\mathrm{(c)}$ $\forall\varepsilon\in X_+,\ \exists N\in\mathbf{N},\ n \ge N\ \Rightarrow\ |x_n-x| < 3\varepsilon$
$\mathrm{(d)}$ $\forall m\in \mathbf{N},\ \exists N\in\mathbf{N},\ n \ge N\ \Rightarrow\ |x-x_n| < \dfrac{1}{m}$
$\mathrm{(a)}$,$\mathrm{(b)}$,$\mathrm{(c)}$ は正しいが $\mathrm{(d)}$ は正しくない.
一般の順序体では,任意に与えられた $\varepsilon\in X_+$ に対して $\dfrac{1}{m} < \varepsilon$ すなわち
$1 < (\ \overbrace{1+1+\cdots+1}^m\ )\varepsilon$
を満たすような $m\in\mathbf{N}$ の存在は保証されないからである(次節「Archimedesの原理」参照).
従って,$\mathrm{(d)}$ が成り立っていても $\displaystyle \lim_{n\to\infty}x_n=x$ が成り立つとは限らない.
Archimedesの原理
順序体 $X$ が
Archimedes的であるとは,次が成り立つことをいう:
任意の $x\in X$ に対して $x < N$ となるような $N\in\mathbf{N}$ が存在する
より正確には
任意の $x\in X$ に対して $x < \overbrace{1+1+\cdots+1}^N$ となるような $N\in\mathbf{N}$ が存在する
ということである.我々は一般の順序体における $1+1$,$1+1+1$,$\ldots$ を自然数 $2$,$3$,$\ldots$ と同一視しているのであった.
Archimedes的順序体においては
$\displaystyle \lim_{n\to\infty}\dfrac{1}{n}=0$
が成り立つ
詳しく!.
$\varepsilon \in X_+$ が任意に与えられたとき,$\varepsilon^{-1} < N$ となる $N\in\mathbf{N}$ がとれるから,このとき $\dfrac{1}{N} < \varepsilon$ より $n\ge N\ \Rightarrow\ \left|\dfrac{1}{n}-0\right|=\dfrac{1}{n}\le \dfrac{1}{N} < \varepsilon$ が成り立つ.
当たり前とも思えるこの事実は,Archimedes的でない順序体では成り立たない.すなわち,Archimedes的順序体とは,この当たり前のことが成り立つような順序体のことだと言うことができる.
さらにこのことは次の
Archimedesの原理が成り立つことと同値である
問題:
任意の $x\in X_+$ に対して $1 < Nx$ となるような $N\in\mathbf{N}$ が存在する
やはり当たり前に思えるであろうが,こうしたことが成り立たない順序体も存在するのである
問題
一般の順序体は必ずしもArchimedes的とは限らないが
$\mathbf{Q}$ はArchimedes的である
ことは容易に確かめられる
詳しく!.
実際,任意の有理数を $\dfrac{m}{n},\ m\in\mathbf{Z},\ n\in\mathbf{N}$ と表したとき
$\dfrac{m}{n} < |m|+1$
が成り立つ
$\mathbf{Q}$ において $\displaystyle \lim_{n\to\infty}a_n=a$ を正しく表しているものはどれか.
$\mathrm{(a)}$ $\forall\varepsilon \in \mathbf{Q}_+,\ \exists N\in\mathbf{N},\ n \ge N\ \Rightarrow\ |a_n-a| < \varepsilon$
$\mathrm{(b)}$ $\forall\varepsilon \in \mathbf{Q}_+,\ \exists N\in\mathbf{N},\ n \ge N\ \Rightarrow\ |a-a_n| \le \varepsilon$
$\mathrm{(c)}$ $\forall m \in \mathbf{N},\ \exists N\in\mathbf{N},\ n \ge N\ \Rightarrow\ |a-a_n| < \dfrac{1}{m}$
$\mathrm{(d)}$ $\forall m \in \mathbf{N},\ \exists N\in\mathbf{N},\ n \ge N\ \Rightarrow\ |a_n-a| < \dfrac{1}{2^m}$
すべて正しい.
$\mathbf{Q}$ においてはArchimedesの原理が成り立つので,
任意に与えられた $\varepsilon\in\mathbf{Q}_+$ に対して $\dfrac{1}{m} < \varepsilon$ となる $m\in\mathbf{N}$ がとれる.従って $\mathrm{(c)}$ が成り立っていれば $\mathrm{(a)}$ が成り立つことがわかる.$\mathrm{(d)}$ についても $m\le 2^m$ に注意すればよい.
Cauchy列
順序体 $X$ の点列 $(x_n)_{n\in\mathbf{N}}$ が
Cauchy列であるとは
$\forall\varepsilon\in X_+,\ \exists N\in\mathbf{N},\ m,n\ge N\ \Rightarrow\ |x_m-x_n| < \varepsilon$
が成り立つことをいう.
一般に,収束する点列はCauchy列である
問題が,Cauchy列であっても必ずしも収束するとは限らない.本講座にとって特に重要なことは $\mathbf{Q}$ がそのようなことが起こる順序体だという事実である.すなわち
$\mathbf{Q}$ の点列 $(p_n)_{n\in\mathbf{N}}$ がCauchy列であっても $\displaystyle \lim_{n\to\infty}p_n=p$ となる $p\in\mathbf{Q}$ が存在するとは限らない
収束列とは要するに「番号が大きくなるとある点に近づいていく」ような点列のことであるが,Cauchy列は「番号が大きくなると互いの距離が近くなっていく」ような点列と言うことができる.
だったらそれは結局ある点に近づいていくことになるのではないか?
という気がするのは尤もなことであるが,結論を先取りすると,$\mathbf{R}$ においてはそれは正しい.すなわち,$\mathbf{R}$ のCauchy列は必ずある実数に近づいていく.
しかし $\mathbf{Q}$ においてはこれは成り立たず,$\mathbf{Q}$ のCauchy列がある有理数に近づいていくとは限らない.有理数列が番号が大きくなるにつれてある「場所」に集まっていくように見えても,その「場所」に有理数はない,ということが起こり得るのである.
$\left\{\begin{array}{l}a_1=1\\a_{n+1}=\dfrac{a_n+2}{a_n+1}\quad(n=1,2,\ldots)\end{array}\right.$
により定まる有理数列はCauchy列であるが収束列でない($\mathbf{Q}$ に極限点をもたない).このことは次のように確かめられる.
-
すべての $n\in\mathbf{N}$ について $a_n \ge 1$ が成り立つ
証明
$a_1=1\ge 1$ であり $a_n \ge 1$ と仮定すると $1/(a_n+1) \ge 0$ なので
$a_{n+1}=\dfrac{a_n+2}{a_n+1}=\dfrac{1}{a_n+1}+1 \ge 1$
から帰納的に $a_n \ge 1,\ n=1,2,\ldots$ とわかる.
-
すべての $n\in\mathbf{N}$ について $|a_{n+1}-a_n|\le \dfrac{1}{2\cdot4^{n-1}}$
が成り立つ
証明
$a_{n+1},a_n\ge 1$ に注意して
$|a_{n+2}-a_{n+1}|=\left|\dfrac{1}{a_{n+1}+1}-\dfrac{1}{a_n+1}\right|\\
\hspace{60pt}= \dfrac{|a_{n+1}-a_n|}{(a_{n+1}+1)(a_n+1)}\le \dfrac{1}{4}|a_{n+1}-a_n|$
よって
$|a_{n+1}-a_n|\le\dfrac{1}{4^{n-1}}|a_2-a_1|=\dfrac{1}{2\cdot 4^{n-1}}$
-
$(a_n)_{n\in\mathbf{N}}$ は $\mathbf{Q}$ のCauchy列である
証明
任意に与えられた $\varepsilon \in\mathbf{Q}_+$ に対して $\dfrac{2}{3\cdot 4^{N-1}} < \varepsilon$ となる $N\in\mathbf{N}$ をとる.このとき $n > m\ge N$ ならば
$|a_n-a_m|\le |a_n-a_{n-1}|+|a_{n-1}-a_{n-1}|+\cdots+|a_{m+1}-a_m|\\
\hspace{42pt}\le \dfrac{1}{2\cdot4^{n-2}}+\dfrac{1}{2\cdot4^{n-3}}+\cdots+\dfrac{1}{2\cdot4^{m-1}}\\
\hspace{42pt}=\dfrac{1}{2\cdot4^{m-1}}\Big(1+\dfrac{1}{4}+\dfrac{1}{4^2}+\cdots+\dfrac{1}{4^{n-m-1}}\Big)\\
\hspace{42pt}\le\dfrac{1}{2\cdot4^{m-1}}\cdot\dfrac{4}{3}\le \dfrac{2}{3\cdot 4^{N-1}}<\varepsilon$
となり,$m > n\ge N$ でも同様だから
$m,n\ge N\ \Rightarrow |a_n-a_m| < \varepsilon$
が成り立つ.
(注) | $0 < r < 1$ のとき,任意の $n\in\mathbf{N}$ に対して
$1+r+r^2+\cdots r^{n-1} =\dfrac{1-r^n}{1-r}\le \dfrac{1}{1-r}$
が成り立つことを用いた.
|
-
$(a_n)_{n\in\mathbf{N}}$ は $\mathbf{Q}$ に極限点を持たない
証明
もし $\displaystyle \lim_{n\to\infty}a_n=p\in\mathbf{Q}$ であったとすると,
$a_{n+1}=\dfrac{a_n+2}{a_n+1}$ で $n\to\infty$ として
$p=\dfrac{p+2}{p+1}$ すなわち $p^2=2$
となる.しかしこのような有理数 $p$ は存在しない.