線型代数

第21講 対称行列

直交行列 実行列 $T$ が直交行列 であるとは,その転置行列が逆行列となること,すなわち
${}^tTT=E$
が成り立つことをいう.この条件は $T\,{}^tT=E$ と言っても同じことである.
直交行列の基本的性質については次講でみることにして,ここでは次のことに注意しておく:
$n$ 次正方行列 $(\,\mathbf{u}_1\ \mathbf{u}_2\ \cdots\ \mathbf{u}_n\,)$ が直交行列であるための必要十分条件は$\{\mathbf{u}_1,\mathbf{u}_2,\ldots, \mathbf{u}_n\}$ が $\mathbf{R}^n$ (内積はドット積)の正規直交基底となることである詳しく!
対称行列の対角化 実行列 $A$ が対称行列であるとは
${}^t\!A=A$
を満たすことをいう.例えば
$\left(\begin{array}{cc}2&1\\1&7\end{array}\right)$, $\left(\begin{array}{ccc}1&3&2\\3&-1&0\\2&0&5\end{array}\right)$
のような行列が対称行列である.
対称行列の性質としては次が特に重要である:
  • 固有値はすべて実数である
  • 直交行列により対角化できる.すなわち,対称行列 $A$ は適当な対角行列 $D$ と直交行列 $T$ により
    $A=TD\,{}^tT\quad(=TDT^{-1})$
    と表わすことができる.
この講ではまず具体的な計算の中でこれらの事実が確かに成り立っていることを観察することにして,一般的な議論としては後に複素数の枠組みの中で改めて振り返る.
対称行列の符号と平方根 対称行列の固有値はすべて実数であるが, その固有値がすべて正のとき,その対称行列は正定値であるという. 同様に,固有値がすべて非負,負,非正であるときは,それぞれ非負定値負定値非正定値であるという. また,これらいずれかに当てはまる行列のことを定値行列という.
正定値(非負定値)対称行列 $A$ を適当な直交行列 $T$ により
$A=T\left(\begin{array}{ccc}\alpha_1\!\!\!&&\\[-5pt]&\ddots&\\[-5pt]&&\!\!\!\alpha_n\end{array}\right){}^tT$
と対角化したとき,$\alpha_1,\ldots,\alpha_n$ は $A$ の固有値なのですべて正(非負)である.よって,
$\sqrt{A}=T\left(\begin{array}{ccc}\sqrt{\alpha_1}\!\!\!&&\\[-5pt]&\ddots&\\[-5pt]&&\!\!\!\sqrt{\alpha_n}\end{array}\right){}^tT$
とおくと,この $\sqrt{A} $も正定値(非負定値)対称行列であり ${\sqrt{A}}^2=A$ を満たす,これを $A$ の正の(非負の)平方根という.
極値問題 対称行列の符号が問題となる例として,実 $2$ 変数関数の極値問題について触れておく. $f(x,y)$ を実 $2$ 変数 $C^2$ 級関数とするとき, $f$ の勾配ベクトル
$\nabla f(x,y)\stackrel{\mathrm{def}}{=}\left(\begin{array}{c}\frac{\partial f}{\partial x}(x,y)\\\frac{\partial f}{\partial y}(x,y)\end{array}\right)$
により定義され,$\nabla f(x,y)=\left(\begin{array}{c}0\\0\end{array}\right)$ となるような点を $f$ の停留点という.また,$f$ のHesse行列
$\nabla^2 f(x,y)\stackrel{\mathrm{def}}{=}\left(\begin{array}{cc}\frac{\partial^2 f}{\partial x^2}(x,y)&\frac{\partial^2 f}{\partial y\partial x}(x,y)\\\frac{\partial^2 f}{\partial x\partial y}(x,y)&\frac{\partial^2 f}{\partial y^2}(x,y)\end{array}\right)$
により定義される. $C^2$ 級の仮定により $\frac{\partial^2 f}{\partial y\partial x}(x,y)=\frac{\partial^2 f}{\partial x\partial y}(x,y)$ が成り立つから,Hesse行列は対称行列であることに注意しよう. $(a,b)$ が $f$ の停留点であるとき,Hesse行列の符号によって,次の場合がある: 上記のいずれにも当てはまらないとき,すなわち,$\nabla^2f(a,b)$ が $0$ を固有値にもつときは $f$ が点 $(a,b)$ において極値をとるかどうかはこれだけでは判断できない詳しく!