対称行列の符号が問題となる例として,実 $2$ 変数関数の極値問題について触れておく.
$f(x,y)$ を実 $2$ 変数 $C^2$ 級関数とするとき, $f$ の
$\nabla f(x,y)\stackrel{\mathrm{def}}{=}\left(\begin{array}{c}\frac{\partial f}{\partial x}(x,y)\\\frac{\partial f}{\partial y}(x,y)\end{array}\right)$
により定義され,$\nabla f(x,y)=\left(\begin{array}{c}0\\0\end{array}\right)$ となるような点を $f$ の
$\nabla^2 f(x,y)\stackrel{\mathrm{def}}{=}\left(\begin{array}{cc}\frac{\partial^2 f}{\partial x^2}(x,y)&\frac{\partial^2 f}{\partial y\partial x}(x,y)\\\frac{\partial^2 f}{\partial x\partial y}(x,y)&\frac{\partial^2 f}{\partial y^2}(x,y)\end{array}\right)$
により定義される. $C^2$ 級の仮定により $\frac{\partial^2 f}{\partial y\partial x}(x,y)=\frac{\partial^2 f}{\partial x\partial y}(x,y)$ が成り立つから,Hesse行列は対称行列であることに注意しよう.
$(a,b)$ が $f$ の停留点であるとき,Hesse行列の符号によって,次の場合がある:
上記のいずれにも当てはまらないとき,すなわち,$\nabla^2f(a,b)$ が $0$ を固有値にもつときは $f$ が点 $(a,b)$ において極値をとるかどうかはこれだけでは判断できない
$f$ がTaylor展開可能な場合で様子を把握しておこう.$f$ の点 $(a,b)$ を中心としたTaylor展開は
$f(x,y)=f(a,b)+\nabla f(a,b)\cdot\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right)\\
\hspace{80pt}+\dfrac{1}{2}\nabla^2 f(a,b)\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right)\cdot\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right)+\cdots$
と書くことができる.
$(a,b)$ が停留点,すなわち $\nabla f(a,b)=\left(\begin{array}{c}0\\0\end{array}\right)$ ならば
$f(x,y)=f(a,b)+\dfrac{1}{2}\nabla^2 f(a,b)\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right)\cdot\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right)+\cdots$
となる.「$\cdots$」の部分は $3$ 次以上の項であり,$(x,y)$ が $(a,b)$ に近いときはその影響は小さいので,$f(a,b)$ が極大値なのか極小値なのかは $2$ 次の項
$\nabla^2 f(a,b)\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right)\cdot\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right)$
の符号で決定される.ところで,一般に対称行列 $A$ について
$A$ が正定値 $\Leftrightarrow$ $A\mathbf{x}\cdot\mathbf{x} > 0,\quad\forall\mathbf{x}(\neq\mathbf{0})$
$A$ が負定値 $\Leftrightarrow$ $A\mathbf{x}\cdot\mathbf{x} < 0,\quad\forall\mathbf{x}(\neq\mathbf{0})$
ということが成り立つ
証明pdfから,$\nabla^2 f(a,b)$ が正定値ならば $(a,b)$ の近くでは
$\nabla^2 f(a,b)\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right)\cdot\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right) > 0$,従って $f(x,y) > f(a,b)$
となり,これは $f(a,b)$ が極小値であることを意味する.同様に,$\nabla^2 f(a,b)$ が負定値ならば $(a,b)$ の近くでは
$\nabla^2 f(a,b)\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right)\cdot\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right) < 0$,従って $f(x,y) < f(a,b)$
となり,これは $f(a,b)$ が極大値であることを意味する.
また,一般に対称行列 $A$ が定値行列でないときは $A\mathbf{x}\cdot\mathbf{x}$ は正にも負にもなり得る
本当に?.
実際,$A$ の正の固有値 $\lambda^+$ に属する固有ベクトルを $\mathbf{v}^+$,負の固有値 $\lambda^-$ に属する固有ベクトルを $\mathbf{v}^-$ とすると
$A\mathbf{v}^+\cdot\mathbf{v}^+=\lambda^+\mathbf{v}^+\cdot\mathbf{v}^+ > 0$
$A\mathbf{v}^-\cdot\mathbf{v}^-=\lambda^-\mathbf{v}^-\cdot\mathbf{v}^- < 0$
となる.
従って,$\nabla^2 f(a,b)$ が定値行列でないならば,$(x,y)$ が $(a,b)$ にいくら近くても $f(x,y) > f(a,b)$ と $f(x,y) < f(a,b)$ がともに起こり得るので $f(a,b)$ は極値ではない.
最後に,$\nabla^2 f(a,b)$ が $0$ を固有値にもつ場合だが,固有値 $0$ に属する固有ベクトル $\mathbf{v}$ に対して $\nabla^2 f(a,b)\mathbf{v}\cdot\mathbf{v}=0$ となるので,$\left(\begin{array}{c}x-a\\y-b\end{array}\right)$ がそのようなベクトルである場合は
$f(x,y)=f(a,b)+(\mbox{3次以上の項})$
となってしまい,「3次以上の項」の部分を調べなければ判断はできないことになる.