第9講 実数ベクトル空間
ベクトル空間$\mathbf{R}^n$
$2$ 次元実数ベクトルが二つの実数の組であったのと同様に,$n$ 個の実数 $x_1,x_2,\ldots,x_n$ の組 $\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\\vdots\\x_n\end{array}\right)$ を $n$ 次元
実数ベクトルと呼び,これらをすべて集めた集合
$\mathbf{R}^n=\left\{\left.\, \left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\\vdots\\x_n\end{array}\right)\ \right|\ x_1,x_2,\ldots,x_n\in\mathbf{R}\ \right\}$
を $n$ 次元
実数ベクトル空間という.
実数ベクトルは単なる実数の組というだけでなく,
和
$\left(\begin{array}{c}a_1\\a_2\\\vdots\\a_n\end{array}\right)+\left(\begin{array}{c}b_1\\b_2\\\vdots\\b_n\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{c}a_1+b_1\\a_2+b_2\\\vdots\\a_n+b_n\end{array}\right)$
およびスカラー倍
$k\left(\begin{array}{c}a_1\\a_2\\\vdots\\a_n\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{c}ka_1\\ka_2\\\vdots\\ka_n\end{array}\right)
,\quad k\in\mathbf{R}$
が定義されている.
一般に,「ベクトル空間」とは,このように和とスカラー倍という演算が定義されている集合のことを指す
詳しく!pdf.
$n$ 次元
(複素)数ベクトル空間は
$\mathbf{C}^n=\left\{\left.\, \left(\begin{array}{c}z_1\\z_2\\\vdots\\z_nw\end{array}\right)\ \right|\ z_1,z_2,\ldots,z_n\in\mathbf{C}\ \right\}$
として定義される.この場合のスカラーは複素数である.
第3講でも触れたが,「ベクトル」とは和とスカラー倍が定義されているもののことをいう.本講では主に実数ベクトル空間を扱うが,数ベクトル空間以外にも,二乗の和が収束するような実数列を集めた
$\displaystyle \ell^2(\mathbf{R})=\Big\{\,(a_n)_{n\in\mathbf{N}}\ \Big|\ \sum_{n=1}^\infty{a_n}^2 <\infty\,\Big\}$
実連続関数を集めた
$\displaystyle C(\mathbf{R})=\{\,f\ |\ f:\mathbf{R}\to\mathbf{R},\ \mbox{$f$ は連続}\}$
などいろいろなものがある.
ここでは深入りしないが,数列や関数も「和」「スカラー倍(実数倍」という演算が定義されていることに注意しておこう.
一次独立と一次従属
ベクトル $\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n$
およびスカラー $t_1,t_2,\ldots,t_n$ により
$t_1\mathbf{a}_1+t_2\mathbf{a}_2+\cdots+t_n\mathbf{a}_n$
と表わされるベクトルを
$\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n$ の
一次結合(線型結合)
というが,非自明な線型結合で零ベクトル $\mathbf{0}$ を表せないとき,すなわち
$t_1\mathbf{a}_1+t_2\mathbf{a}_2+\cdots+t_n\mathbf{a}_n=\mathbf{0}$ となるのは
$t_1=t_2=\cdots=t_n=0$ のときに限る
とき,ベクトルの組 $\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n\,\}$ は
一次独立(線型独立)であるという.
一次独立でないベクトルの組は
一次従属(線型従属)であるという.
$\mathbf{R}^3$ において
-
$\left\{\,
\left(\begin{array}{c}1\\2\\0\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}0\\1\\3\end{array}\right)
\,\right\}$ は
$t_1\left(\begin{array}{c}1\\2\\0\end{array}\right)
+t_2\left(\begin{array}{c}0\\1\\3\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{c}0\\0\\0\end{array}\right)$
となるのが $t_1=t_2=0$ のときしかないので一次独立である.
-
$\left\{\,
\left(\begin{array}{c}2\\2\\4\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}3\\3\\6\end{array}\right)
\,\right\}$ は
$3\left(\begin{array}{c}2\\2\\4\end{array}\right)
-2\left(\begin{array}{c}3\\3\\6\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{c}0\\0\\0\end{array}\right)$
とできるので一次従属である.
-
$\left\{\,
\left(\begin{array}{c}1\\2\\0\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}0\\1\\3\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}0\\0\\2\end{array}\right)
\,\right\}$ は
$t_1\left(\begin{array}{c}1\\2\\0\end{array}\right)
+t_2\left(\begin{array}{c}0\\1\\3\end{array}\right)
+t_3\left(\begin{array}{c}0\\0\\2\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{c}0\\0\\0\end{array}\right)$
となるのが $t_1=t_2=t_3=0$ のときしかないので一次独立である.
-
$\left\{\,
\left(\begin{array}{c}1\\2\\0\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}0\\1\\3\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}2\\5\\3\end{array}\right)
\,\right\}$ は
$2\left(\begin{array}{c}1\\2\\0\end{array}\right)
+\left(\begin{array}{c}0\\1\\3\end{array}\right)
-\left(\begin{array}{c}2\\5\\3\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{c}0\\0\\0\end{array}\right)$
とできるので一次従属である.
「線型」と「一次」という用語は(本来は)まったく同じ意味で用いられる.
既に登場した例では,「線型写像」のことを「一次写像」と言うこともある.
しかし「線型代数」のことを「一次代数」とは言わず,「線型性」のことを「一次性」とは言わない(別に言ってもいいのだが).
これらは単に慣習であって,特に使い分けの規則はない.なのであまり拘る必要もないが,
例えば "linear function" (線型写像?一次関数?)という言葉のように,
慣習であるがゆえに指しているものか曖昧になったり誤解を招いてしまうこともあり得るので,場面に応じて常に定義をはっきりさせておくことはやはり大切である.
ベクトルの一次独立性について,まず次のことを確認しておこう:
-
零ベクトル $\mathbf{0 }$ を含むベクトルの組は一次従属である詳しく!
.
例えば,ベクトルの組 $\{\,\mathbf{a},\mathbf{b},\mathbf{0}\,\}$ は
$0\mathbf{a}+0\mathbf{b}+1\mathbf{0}=\mathbf{0}$
と,「すべて $0$ 倍」しなくても零ベクトルをつくれるので一次従属である.
-
$\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n\,\}$ が一次従属ならば,
$\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n$ のうちいずれか一つは他のベクトルの線型結合で表せる詳しく!
.
例えば
$2\mathbf{a}_1-3\mathbf{a}_2+4\mathbf{a}_3=\mathbf{0}$
のように「すべてを $0$ 倍」しなくても零ベクトルが作れるというのが一次従属ということである.
この場合
$\mathbf{a}_1=\dfrac{3}{2}\mathbf{a}_2-2\mathbf{a}_3$
などと,それそれが他のベクトルの線型結合で表される.
このように,少なくともどれか一つが他のベクトルの線型結合で表すことができるというのが一次従属ということである.
一般に,$\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n\,\}$ が一次従属であるとは,$(t_1,t_2,\ldots,t_n)\neq (0,0,\ldots,0)$ により
$t_1\mathbf{a}_1+t_2\mathbf{a}_2+\cdots+t_n\mathbf{a}_n=\mathbf{0}$
とできるということである.
$t_1,t_2,\ldots,t_n$ の中に $0$ でないものがあるのだから,例えば $t_1\neq 0$ であれば全体を $t_1$ で割ってよいので
$\mathbf{a}_1=-\dfrac{t_2}{t_1}\mathbf{a}_2-\cdots-\dfrac{t_n}{t_1}\mathbf{a}_n$
と表わすことができる.同様に,$t_k\neq0$ であれば $\mathbf{a}_k$ は他のベクトルの線型結合で表されることになる.
-
$2$ 本のベクトルの組 $\{\,\mathbf{a},\mathbf{b}\,\}$ は一方が他方のスカラー倍で表せる(すなわち「平行」)ならば一次従属,そうでなければ一次独立である詳しく!.
$s\mathbf{a}+t\mathbf{b}=\mathbf{0}$ としたとき,
$s\neq 0$ なら
$\mathbf{a}=-\dfrac{t}{s}\mathbf{b}$,
$t\neq 0$ なら
$\mathbf{b}=-\dfrac{s}{t}\mathbf{a}$ と表わすことができる.
いずれも不可能な場合,すなわち $s=t=0$ しかあり得なければ,それが一次独立ということである.
-
$\mathbf{R}^n$ の $n$ 本のベクトルからなる組 $\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n\,\}$ は,
$\det(\,\mathbf{a}_1\ \mathbf{a}_2\ \ldots\ \mathbf{a}_n\,)\neq0$ ならば一次独立,$\det(\,\mathbf{a}_1\ \mathbf{a}_2\ \ldots\ \mathbf{a}_n\,)=0$ ならば一次従属である詳しく!.
例として $\mathbf{R}^3$ のベクトルの組
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}0\\1\\2\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}1\\0\\3\end{array}\right)\,\right\}$
を考えよう.
$t_1\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right)
+t_2\left(\begin{array}{c}0\\1\\2\end{array}\right)
+t_3\left(\begin{array}{c}1\\0\\3\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{c}0\\0\\0\end{array}\right)$
とおくとき,これは
$\left(\begin{array}{ccc}1&0&1\\1&1&0\\0&2&3\end{array}\right)
\left(\begin{array}{c}t_1\\t_2\\t_3\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{c}0\\0\\0\end{array}\right)$
と表わすことができるが
$\left|\begin{array}{ccc}1&0&1\\1&1&0\\0&2&3\end{array}\right|=5\neq0$
であるから,
$\left(\begin{array}{ccc}1&0&1\\1&1&0\\0&2&3\end{array}\right)^{-1}$が存在して
$\left(\begin{array}{c}t_1\\t_2\\t_3\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{ccc}1&0&1\\1&1&0\\0&2&3\end{array}\right)^{-1}
\left(\begin{array}{c}0\\0\\0\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{c}0\\0\\0\end{array}\right)$
すなわち $t_1=t_2=t_3=0$ となり,この組が一次独立であるとわかる.
また,
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}0\\1\\2\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}2\\1\\-2\end{array}\right)\,\right\}$
の場合,これら $3$ 本のベクトルを並べた行列の行列式は,行列式の性質を用いて
$
\left|\begin{array}{ccc}1&0&2\\1&1&1\\0&2&-2\end{array}\right|
=\left|\begin{array}{ccc}1&0&0\\1&1&-1\\0&2&-2\end{array}\right|
=\left|\begin{array}{ccc}1&0&0\\1&1&0\\0&2&0\end{array}\right|
=0$
と計算される.まず第 $1$ 列を $-2$ 倍して第 $3$ 列に加え,次に第 $2$ 列を第 $3$ 列に加えた.このように,行列式の値が $0$ になるというのは
「ある列の何倍かを他の列に加える」という操作を繰り返して,$0$ のみからなる列をつくることができる場合であって,それはその列のベクトルは他の列のベクトルの線型結合で表せる,すなわち一次従属であることを意味する.
この例の場合,第 $3$ 列をすべて $0$ にできたということは
$\left(\begin{array}{c}2\\1\\-2\end{array}\right)
=2\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right)
-\left(\begin{array}{c}0\\1\\2\end{array}\right)$
と,第 $3$ 列のベクトルを他のベクトルの線型結合で表せたということであり,従って一次従属という結論になる.
一般の場合の証明
pdfは多少手間であるが,この具体的な様子を念頭に置けばそう難しくはない.
さらに詳しく!
.
$2\times 2$ 行列の行列式 $|\ \mathbf{a}\ \mathbf{b}\ |$ は $\mathbf{R}^2$ のベクトル $\mathbf{a},\ \mathbf{b}$ がつくる平行四辺形の面積を,
$3\times 3$ 行列の行列式 $|\ \mathbf{a}\ \mathbf{b}\ \mathbf{c}\ |$ は $\mathbf{R}^3$ のベクトル $\mathbf{a},\ \mathbf{b},\ \mathbf{c}$ がつくる平行六面体の体積を表していたことを思い出そう.
ベクトルの組が一次独立であるとは,要するにそれらのベクトルがすべてバラバラの方向を向いているということで,$\mathbf{R}^2$ の場合であれば平行四辺形が,$\mathbf{R}^3$ の場合であれば平行六面体が「潰れていない」ということである.
逆に「潰れてしまっている」状況が一次従属ということになる.
$4$ 次元以上でそのような図形的な解釈はできないのではあるが,一般論を把握するために,$2$ 次元 $3$ 次元のイメージをしっかり持っておくことは非常に有効である.
-
$\mathbf{R}^n$ の $n+1$ 本のベクトルからなる組 $\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_{n+1}\,\}$ は一次従属である
詳しく!.
次節で改めて述べるが,$\mathbf{R}^n$ の $n$ 本のベクトルからなる組が一次独立ならば,$\mathbf{R}^n$ のすべてのベクトルはそれらの線型結合で表せる.
例えば $\mathbf{R}^2$ の場合で言えば,$\left\{\,\left(\begin{array}{c}1\\1\end{array}\right),\left(\begin{array}{c}1\\2\end{array}\right)\,\right\}$ は一次独立なので,$\mathbf{R}^2$ のすべてのベクトルは
$s\left(\begin{array}{c}1\\1\end{array}\right)+t\left(\begin{array}{c}1\\2\end{array}\right)$
という形で表すことができる.従って,$\mathbf{R}^2$ の $3$ 本以上のベクトルからなる組が一次独立ということはあり得ない.
基底と次元
ベクトルの組 $\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n\,\}$ がベクトル空間 $V$ の基底であるとは,次の二つの条件を満たすことをいう.
-
$\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n\,\}$ は一次独立である
-
$V$ のすべてのベクトルは $\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n$ の線型結合で表せる
基底を構成するベクトルの本数のことを $V$ の次元といい,$\mathrm{dim}V$ で表す.
今更ながら,$\mathrm{dim}\mathbf{R}^n=n$,すなわち,$\mathbf{R}^n$ は $n$ 次元空間である.
その正確な意味は,$\mathbf{R}^n$ の基底が $n$ 本のベクトルからなるということであって,特に
$\mathbf{R}^n$ の一次独立な $n$ 本のベクトルからなる組 $\{\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_n\}$ はすべて $\mathbf{R}^n$ の基底である
証明pdf.
-
例えば,$\mathbf{R}^3$ の基底としては
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}1\\0\\0\end{array}\right),
\left(\begin{array}{c}0\\1\\0\end{array}\right),
\left(\begin{array}{c}0\\0\\1\end{array}\right)\,\right\}$
をとることができる.この組が基底の条件を満たすことは明らかであろう.これは特に $\mathbf{R}^3$ の標準基底と呼ばれているものである.
-
あるいは
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right),
\left(\begin{array}{c}0\\1\\1\end{array}\right),
\left(\begin{array}{c}1\\0\\1\end{array}\right)\,\right\}$
なども $\mathbf{R}^3$ の基底である.実際,一次独立であることは
$\left|\begin{array}{ccc}1&0&1\\1&1&0\\0&1&1\end{array}\right|
=2\neq 0$
よりわかり,従って
$\left(\begin{array}{ccc}1&0&1\\1&1&0\\0&1&1\end{array}\right)^{-1}
$ が存在するので,ベクトル $\left(\begin{array}{c}p_1\\p_2\\p_3\end{array}\right)\in\mathbf{R}^3$ が任意に与えられたとき
$\left(\begin{array}{c}p_1\\p_2\\p_3\end{array}\right)
=t_1\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right)
+t_2\left(\begin{array}{c}0\\1\\1\end{array}\right)
+t_3\left(\begin{array}{c}1\\0\\1\end{array}\right)$
を満たす $t_1,t_2,t_3\in\mathbf{R}$ は
$
\left(\begin{array}{c}p_1\\p_2\\p_3\end{array}\right)
=
\left(\begin{array}{ccc}1&0&1\\1&1&0\\0&1&1\end{array}\right)
\left(\begin{array}{c}t_1\\t_2\\t_3\end{array}\right)\\[1mm]
\Leftrightarrow
\left(\begin{array}{c}t_1\\t_2\\t_3\end{array}\right)
=
\left(\begin{array}{ccc}1&0&1\\1&1&0\\0&1&1\end{array}\right)^{-1}
\left(\begin{array}{c}p_1\\p_2\\p_3\end{array}\right)$
により求められる.
ベクトル $\left(\begin{array}{c}1\\0\\0\end{array}\right)$ をこの基底で表してみると
$
\left(\begin{array}{c}t_1\\t_2\\t_3\end{array}\right)
=
\left(\begin{array}{ccc}1&0&1\\1&1&0\\0&1&1\end{array}\right)^{-1}
\left(\begin{array}{c}1\\0\\0\end{array}\right)\\[1mm]
\hspace{28pt}=
\dfrac{1}{2}\left(\begin{array}{ccc}1&1&-1\\-1&1&1\\1&-1&1\end{array}\right)
\left(\begin{array}{c}1\\0\\0\end{array}\right)\\[1mm]
\hspace{28pt}=
\dfrac{1}{2}
\left(\begin{array}{c}1\\-1\\1\end{array}\right)
$
より
$
\left(\begin{array}{c}1\\0\\0\end{array}\right)
=
\dfrac{1}{2}
\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right)
-\dfrac{1}{2}
\left(\begin{array}{c}0\\1\\1\end{array}\right)
+\dfrac{1}{2}
\left(\begin{array}{c}1\\0\\1\end{array}\right)
$
と表わされることがわかる.
$\mathbf{R}^n$の部分空間
$W$ が $\mathbf{R}^n$ の部分集合であって,$W$ 自体もベクトル空間となっているとき,すなわち
$\mathrm{(i)}$ $\mathbf{a},\ \mathbf{b}\in W\ \Rightarrow \mathbf{a}+\mathbf{b}\in W$
$\mathrm{(ii)}$ $\mathbf{a}\in W,\ k\in\mathbf{R}\ \Rightarrow k\mathbf{a}\in W$
が成り立つとき,
$W$ を $\mathbf{R}^n$ の
部分空間(部分ベクトル空間)という.
第3講でも見たように,この二つの条件 $\mathrm{(i)}$,$\mathrm{(ii)}$ は
$\mathrm{(iii)}$ $\mathbf{a},\ \mathbf{b}\in W,\ k,l\in\mathbf{R}\ \Rightarrow k\mathbf{a}+l\mathbf{b}\in W$
と一つにまとめることもできる.
$\mathbf{R}^n$ の部分空間 $W$ は,適当な行列 $A$ によって
$W=\{\,\mathbf{x}\ |\ A\mathbf{x}=\mathbf{0}\,\}$
と表される
詳しく!.
例えば,$\mathbf{R}^4$ の $2$ 次元部分空間 $W$ を考えてみよう.
ここで,$W$ の次元が $2$ であるというのは $2$ 本のベクトルからなる基底 $\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2\,\}$ がとれるということである.すなわち,$\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2\,\}$ は一次独立であって,$W$ のすべてのベクトル $\mathbf{x}$ は
$\mathbf{x}=t_1\mathbf{a}_1+t_2\mathbf{a}_2\quad(t_1,t_2\in\mathbf{R})$
という形で表わされる.この $\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2$ を含む $\mathbf{R}^4$ の基底 $\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\mathbf{b}_1,\mathbf{b}_2\,\}$ をとるとき
$A\mathbf{a}_1=\mathbf{0}$,
$A\mathbf{a}_2=\mathbf{0}$
$A\mathbf{b}_1=\mathbf{b}_1$,
$A\mathbf{b}_2=\mathbf{b}_2$
を満たす行列 $A$ が存在する.実際
$A(\,\mathbf{a}_1\ \mathbf{a}_2\ \mathbf{b}_1\ \mathbf{b}_2\,)
=(\,\mathbf{0}\ \mathbf{0}\ \mathbf{b}_1\ \mathbf{b}_2\,)$
から,$\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\mathbf{b}_1,\mathbf{b}_2\,\}$ の一次独立性より $\det(\,\mathbf{a}_1\ \mathbf{a}_2\ \mathbf{b}_1\ \mathbf{b}_2\,)\neq 0$,従って $(\,\mathbf{a}_1\ \mathbf{a}_2\ \mathbf{b}_1\ \mathbf{b}_2\,)^{-1}$ が存在して
$A
=(\,\mathbf{0}\ \mathbf{0}\ \mathbf{b}_1\ \mathbf{b}_2\,)
(\,\mathbf{a}_1\ \mathbf{a}_2\ \mathbf{b}_1\ \mathbf{b}_2\,)^{-1}
$
と $A$ が定まる.この $A$ について
$\mathbf{x}\in W\Leftrightarrow A\mathbf{x}=\mathbf{0}$
が成り立つことを確かめるのは容易である.
一般の $\mathbf{R}^n$ の部分空間 $W$ についても同様の議論が成り立つことも明らかであろう.
$\mathbf{R}^3$ において
-
$W_1=\left\{\left.\,\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)\ \right|\ x-y+3z=0\,\right\}$ は
$W_1=\left\{\left.\,\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)\ \right|\ (\,1\quad -1\quad 3\,)\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)=0\,\right\}$
と表わせるので部分空間である.
-
$W_2=\left\{\left.\,\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)\ \right|\ \begin{array}{l}x-3y=0\\2y-z=0\end{array}\,\right\}$ も
$W_2=\left\{\left.\,\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)\ \right|\ \left(\begin{array}{ccc}1&-3&0\\0&2&-1\end{array}\right)\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)=\left(\begin{array}{c}0\\0\end{array}\right)\,\right\}$
と表わせるので部分空間である.
上記の$W_1$ は $2$ 次元部分空間,
$W_2$ は $1$ 次元部分空間であるが,その確認は次節で行う.
-
$W_3=\left\{\left.\,\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)\ \right|\ x-y+3z=1\,\right\}$
は部分空間ではない.
例えば
$\mathbf{a}=\left(\begin{array}{c}1\\0\\0\end{array}\right),\
\mathbf{b}=\left(\begin{array}{c}0\\-1\\0\end{array}\right)$
とすると,$\mathbf{a},\mathbf{b}\in W_3$ であるが
$\mathbf{a}+\mathbf{b}=\left(\begin{array}{c}1\\-1\\0\end{array}\right)\notin W_3$
なので和に関して閉じていない.あるいは
$2\mathbf{a}=\left(\begin{array}{c}2\\0\\0\end{array}\right)\notin W_3$
なのでスカラー倍に関しても閉じていない.
部分空間の基底
$\mathbf{R}^n$ の部分空間 $W$ は,適当な行列 $A$ を用いて
$W=\{\,\mathbf{x}\ |\ A\mathbf{x}=\mathbf{0}\,\}$
と表されるが,このことは $W$ は連立一次方程式 $A\mathbf{x}=\mathbf{0}$ の解の集合だという見方もできる.従って,この連立一次方程式の解が,一次独立なベクトルの組 $\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_m\,\}$ によって
$\mathbf{x}= t_1\mathbf{a}_1+t_2\mathbf{a}_2+\cdots+t_m\mathbf{a}_m$ $(t_1,t_2,\ldots,t_m\in\mathbf{R})$
と表されるならば, $\{\,\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2,\ldots,\mathbf{a}_m\,\}$ が $W$ の基底ということになる.
-
前節の例で見た$\mathbf{R}^3$ の部分空間
$W_1=\left\{\left.\,\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)\ \right|\ x-y+3z=0\,\right\}$
の基底を求めよう.
連立一次方程式(といっても式は一つだが)
$x-y+3z=0$
において $y=s$,$z=t$ とおけば $x=s-3t$ より,解は
$\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)
=
\left(\begin{array}{c}s-3t\\s\\t\end{array}\right)
=
s\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right)
+t\left(\begin{array}{c}-3\\0\\1\end{array}\right)$
と表される.このことは,$W_1$ のすべてのベクトルがこの形で表されることを意味するから,
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}-3\\0\\1\end{array}\right)\,\right\}$
が $W_1$ の基底ということになる.
従って,$W_1$ の次元は $2$ である:
$\mathrm{dim}W_1=2$
$x-y+3z=0$ という式が,$xyz$ 空間における平面を表すことにも注意しよう.
$x-y+3z=0$
において $x=s$,$z=t$ とおけば $y=s+3t$ より,解は
$\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)
=
\left(\begin{array}{c}s\\s+3t\\t\end{array}\right)
=
s\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right)
+t\left(\begin{array}{c}0\\3\\1\end{array}\right)$
と表されるから,$W_1$ の基底として
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}0\\3\\1\end{array}\right)\,\right\}$
をとることもできる.
他にも
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}3\\0\\-1\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}0\\3\\1\end{array}\right)\,\right\}$
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}-1\\2\\1\end{array}\right),\
\left(\begin{array}{c}1\\1\\0\end{array}\right)\,\right\}$
などがとれる.
$\mathrm{dim}W_1=2$ であるから,$\mathbf{a}_1,\mathbf{a}_2\in W_1$ であって $\{\,\mathbf{a}_1,\ \mathbf{a}_2\,\}$ が一次独立ならば, $\{\,\mathbf{a}_1,\ \mathbf{a}_2\,\}$ は $W_1$ の基底である.
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同じく前節の例で見た
$W_2=\left\{\left.\,\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)\ \right|\ \begin{array}{l}x-3y=0\\2y-z=0\end{array}\,\right\}$
の場合は,連立一次方程式
$\left\{\begin{array}{l}x-3y=0\\2y-z=0\end{array}\right.$
で $y=t$ とおくと,$x=3t$,$z=2t$ より,解は
$\left(\begin{array}{c}x\\y\\z\end{array}\right)
=
\left(\begin{array}{c}3t\\t\\2t\end{array}\right)
=
t\left(\begin{array}{c}3\\1\\2\end{array}\right)$
と表される.よって $W_2$ の基底は
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}3\\1\\2\end{array}\right)\,\right\}$ であり,次元は $1$ である:
$\mathrm{dim}W_2=1$
また,$\left\{\begin{array}{l}x-3y=0\\2y-z=0\end{array}\right.\ \Leftrightarrow\
\dfrac{x}{3}=y=\dfrac{z}{2}$ であるが,この式は $xyz$ 空間における直線を表す.
基底として
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}-3\\-1\\-2\end{array}\right)\,\right\}$
$\left\{\,\left(\begin{array}{c}3/2\\1/2\\1\end{array}\right)\,\right\}$
などをとってもよいが,できるだけ簡潔に表されるものを採用するのがよいだろう.