第13講 ノルムと内積
$\mathbf{R}^n$ におけるノルムと内積
$\mathbf{R}^n$ のベクトル $\mathbf{x}$ の
Euclidノルム は
$\|\mathbf{x}\|:=\sqrt{{x_1}^2+{x_2}^2+\cdots+{x_n}^2}$ for $\mathbf{x}=\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\\vdots\\x_n\end{array}\right)$
により定義される.
例
Euclidノルムは次節で見る一般のノルムの一例であって,特に断りがないときは $\mathbf{R}^n$ のノルムとはこのEuclidノルムを指す.
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ノルムは「長さ」「大きさ」とも呼ばれ,$\mathbf{R}^2$,$\mathbf{R}^3$ においてはベクトルは矢印で表されるので,その矢印の文字通りの意味での「長さ」と考えてよい.しかし,例えば $\mathbf{R}^4$ のベクトル $\mathbf{a}=\left(\begin{array}{c}1\\1\\1\\1\end{array}\right)$ のEuclidノルムは
$\|\mathbf{a}\|=\sqrt{1^2+1^2+1^2+1^2}=2$
と計算されるが,この $\mathbf{a}$ を図に矢印として表わすことはできないので,「$\mathbf{a}$ の長さは $2$ である」と言っても,それは定義通りに計算するとそうなるという以上の意味はない.
2次元,3次元の場合の図形的な感覚は一般次元($n$ 次元)を考察する手掛かりとして大切であるが,例えば「4次元ベクトルを矢印として視覚化してみよう」などという不毛な努力はすべきではない.
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$\mathbf{R}^2$ において $\mathbf{a}=\left(\begin{array}{c}1\\3\end{array}\right),\ \mathbf{0}=\left(\begin{array}{c}0\\0\end{array}\right)$ とすると
$\|\mathbf{a}\|=\sqrt{1^2+3^2}=\sqrt{10}$
$\|\mathbf{0}\|=\sqrt{0^2+0^2}=0$
$\mathbf{R}^3$ において
$\mathbf{b}=\left(\begin{array}{c}1\\-1\\4\end{array}\right),\ \mathbf{0}=\left(\begin{array}{c}0\\0\\0\end{array}\right)$ とすると
$\|\mathbf{b}\|=\sqrt{1^2+(-1)^2+4^2}=3\sqrt{2}$
$\|\mathbf{0}\|=\sqrt{0^2+0^2+0^2}=0$
当然ではあるが,$\mathbf{R}^2$,$\mathbf{R}^3$ どちらにおいても (一般の $\mathbf{R}^n$ においても), ノルムが $0$ であるベクトルは零ベクトル以外にないことに注意しよう.
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ノルムが $1$ であるベクトルを
単位ベクトル という.
$\mathbf{v}$ を零ベクトルでないベクトルとすると,$\dfrac{1}{\|\mathbf{v}\|}\mathbf{v}$ は $\mathbf{v}$ と同じ向きの単位ベクトルである.
このように長さを$1$に調整する操作はしばしば
正規化 と呼ばれる.
QUIZ
正規化せよ.
$\qquad\mathbf{a}=\left(\begin{array}{c}1\\5\end{array}\right)$
$\qquad\mathbf{b}=\left(\begin{array}{c}4\\1\\-1\end{array}\right)$
$\qquad\mathbf{c}=\left(\begin{array}{c}1\\-1\\1\end{array}\right)$
$\qquad\mathbf{d}=\left(\begin{array}{c}3\\-3\\3\end{array}\right)$
答
$\dfrac{1}{\|\mathbf{a}\|}\mathbf{a}=
\dfrac{1}{\sqrt{1^2+5^2}}\left(\begin{array}{c}1\\5\end{array}\right)
=\dfrac{1}{\sqrt{26}}\left(\begin{array}{c}1\\5\end{array}\right)$
$\dfrac{1}{\|\mathbf{b}\|}\mathbf{b}=
\dfrac{1}{\sqrt{4^2+1^2+(-1)^2}}\left(\begin{array}{c}4\\1\\-1\end{array}\right)
=\dfrac{1}{3\sqrt{2}}\left(\begin{array}{c}4\\1\\-1\end{array}\right)$
$\dfrac{1}{\|\mathbf{c}\|}\mathbf{c}=
\dfrac{1}{\sqrt{1^2+(-1)^2+1^2}}\left(\begin{array}{c}1\\-1\\1\end{array}\right)
=\dfrac{1}{\sqrt{3}}\left(\begin{array}{c}1\\-1\\1\end{array}\right)$
$\dfrac{1}{\|\mathbf{d}\|}\mathbf{d}=
\dfrac{1}{\sqrt{3^2+(-3)^2+3^2}}\left(\begin{array}{c}3\\-3\\3\end{array}\right)
=\dfrac{1}{\sqrt{3}}\left(\begin{array}{c}1\\-1\\1\end{array}\right)$
$\mathbf{c}$ と $\mathbf{d}$ は向きが同じなので
$\dfrac{1}{\|\mathbf{c}\|}\mathbf{c}=\dfrac{1}{\|\mathbf{d}\|}\mathbf{d}$
という結果は当然である.
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細かいことではあるが,「同じ向き」と「平行」との意味の違いを確認しておこう.
零ベクトルでないベクトル $\mathbf{v}$ と
平行 なベクトルとは,$\mathbf{v}$ のスカラー倍で表されるベクトルのことであって,
$\mathbf{v}$ と
同じ向き のベクトルとは $\mathbf{v}$ の
正の実数倍 で表されるベクトルのことをいう.
例えば
$\mathbf{a}=\left(\begin{array}{c}1\\-2\end{array}\right)$,
$\mathbf{b}=\left(\begin{array}{c}4\\-8\end{array}\right)$,
$\mathbf{c}=\left(\begin{array}{c}-3\\6\end{array}\right)$
とすると $\mathbf{b}$ と $\mathbf{c}$ はともに $\mathbf{a}$ と平行であり,さらに $\mathbf{b}$ は $\mathbf{a}$ と同じ向きであるが,$\mathbf{c}$ はそうではない.
また,零ベクトルは他のすべてのベクトルと平行であるが,いかなるベクトルとも同じ向きではない.
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$\mathbf{R}^n$ の二つのベクトル $\mathbf{x},\mathbf{y}$ の
ドット積 は
$\mathbf{x}\cdot\mathbf{y}:=x_1y_1+x_2y_2+\cdots+x_ny_n$ for
$\mathbf{x}=\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\\\vdots\\x_n\end{array}\right),\ \mathbf{y}=\left(\begin{array}{c}y_1\\y_2\\\vdots\\y_n\end{array}\right)$
により定義される.
$\mathbf{x}\cdot\mathbf{y}=0$ のとき,$\mathbf{x}$ と $\mathbf{y}$ は互いに
垂直である ,
直交する などという.
QUIZ
$\left(\begin{array}{c}1\\2\\-1\\1\end{array}\right)$ と垂直なものはどれか.
$\qquad\mathbf{a}=\left(\begin{array}{c}1\\1\\1\\0\end{array}\right)$
$\qquad\mathbf{b}=\left(\begin{array}{c}2\\-1\\3\\3\end{array}\right)$
$\qquad\mathbf{c}=\left(\begin{array}{c}3\\1\\4\\-1\end{array}\right)$
答
$\mathbf{b}$ と $\mathbf{c}$
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ドット積は内積 と呼ばれることが多いが,正確にはドット積は後に見る一般の内積の一つの例であって,やはり特に断りがないときは $\mathbf{R}^n$ の内積とはこのドット積を指す.
くどいようだが,「垂直」「直交」という言い方も4次元以上では「内積が$0$」という以上の意味はないので,「2本の4次元ベクトルが本当に直角に交わっているのだろうか」などと悩まないようにしよう.
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一般のベクトル空間におけるノルム
$V$ を
ベクトル空間 とするとき,$V$ における
ノルム とは,各ベクトル $\mathbf{v}\in V$ に実数 $\|\mathbf{v}\|$ を対応させる写像であって,次を満たすものをいう:
(i) $\|\mathbf{v}\|\ge 0$
(ii) $\|\mathbf{v}\|= 0\Leftrightarrow \mathbf{v}=\mathbf{0}$
(iii) $\|k\mathbf{v}\|= |k|\|\mathbf{v}\|$
(iv) $\|\mathbf{v}+\mathbf{w}\|\le \|\mathbf{v}\|+\|\mathbf{w}\|$
ここで,$\mathbf{v},\mathbf{w}$ は任意のベクトル,$k$ は任意のスカラー(実数または複素数)である.
条件(iv)はしばしば
三角不等式 と呼ばれる.
例
前節で見た $\mathbf{R}^n$ におけるEuclidノルムはもちろんノルムである.
(iv)の三角不等式は次のCauchy-Schwarzの不等式 を用いて示すことができる.
$\displaystyle \left|\ \sum_{i=1}^nv_iw_i\ \right|\le \sqrt{\sum_{i=1}^n{v_i}^2}\sqrt{\sum_{i=1}^n{w_i}^2}$
Euclidノルム以外のノルムとして,例えば $\mathbf{R}^2$ において
$\|\mathbf{x}\|_1=|x_1|+|x_2|$ for $\mathbf{x}=\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\end{array}\right)$
と定めると,この $\|\cdot\|_1$ が条件(i)~(iv)を満たすことは容易に確かめらる.
同じく $\mathbf{R}^2$ において
$\|\mathbf{x}\|_2=|x_1-x_2|$ for $\mathbf{x}=\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\end{array}\right)$
と定めると,この $\|\cdot\|_2$ はノルムではない.
例えば $\mathbf{v}=\left(\begin{array}{c}1\\1\end{array}\right)$ とすると, $\mathbf{v}\neq\mathbf{0}$ であるが $\|\mathbf{v}\|_2=0$ となり,条件(ii)を満たさないからである
(他の(i),(iii),(iv)は満たしていることを確かめよ).
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一般のベクトル空間における内積
$V$ をベクトル空間とするとき,$V$ における
内積 とは,二つのベクトルの組 $\mathbf{v},\mathbf{w}\in V$ にスカラー $(\mathbf{v},\mathbf{w})$ を対応させる写像であって,次を満たすものをいう:
(i) $(\mathbf{v},\mathbf{v})\ge 0$
(ii) $(\mathbf{v},\mathbf{v})= 0\Leftrightarrow \mathbf{v}=\mathbf{0}$
(iii) $(k\mathbf{v}+l\mathbf{v}',\mathbf{w})= k(\mathbf{v},\mathbf{w})+ l(\mathbf{v}',\mathbf{w})$
(iv) $(\mathbf{w},\mathbf{v})= \overline{(\mathbf{v},\mathbf{w})}$
ここで,$\mathbf{v},\mathbf{v}',\mathbf{w}$ は任意のベクトル,$k,l$ は任意のスカラーである.
(iv)の右辺は複素共役を表す.$V$ が実ベクトル空間(スカラーは実数)ならば内積も実数なので(iv)は
(iv)' $(\mathbf{w},\mathbf{v})=(\mathbf{v},\mathbf{w})$
に置き換えてよい.
一般の場合も,内積が$0$である二つのベクトルは互いに
垂直である ,
直交する などという.
例
内積を表す記号は $\langle\mathbf{v},\mathbf{w}\rangle$ などもよく用いられるが,ここでは部分空間を表す記号との混同を避けるために $(\mathbf{v},\mathbf{w})$ を用いる.
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$\mathbf{R}^n$ におけるドット積は内積である.
(i)~(iii)および(iv)'が満たされていることは容易に確かめられよう.
$\mathbf{R}^2$ において
$(\mathbf{x},\mathbf{y})_1=x_1y_1+2x_2y_2$ for $\mathbf{x}=\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\end{array}\right),\ \mathbf{y}=\left(\begin{array}{c}y_1\\y_2\end{array}\right)$
と定めると,この $(\cdot,\cdot)_1$ は内積である(条件(i)~(iii),(iv)'を確かめよ).
$\mathbf{R}^2$ において
$(\mathbf{x},\mathbf{y})_2=x_1y_1-x_2y_2$ for $\mathbf{x}=\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\end{array}\right),\ \mathbf{y}=\left(\begin{array}{c}y_1\\y_2\end{array}\right)$
と定めると,この $(\cdot,\cdot)_2$ は内積ではない.
例えば,
$\mathbf{v}=\left(\begin{array}{c}0\\1\end{array}\right)$ とすると
$(\mathbf{v},\mathbf{v})_2=0\cdot0-1\cdot1=-1$ となり,条件(i)を満たさない.あるいは,$\mathbf{w}=\left(\begin{array}{c}1\\1\end{array}\right)$ とすると, $\mathbf{w }\neq\mathbf{0}$ であるが $(\mathbf{w},\mathbf{w})_2=0$ となり,条件(ii)も満たさない(他の(iii),(iv)'は満たしていることを確かめよ).
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ベクトル空間 $V$ に内積 $(\cdot,\cdot)$ が定義されているとき,$V$ には
$\|\mathbf{v}\|:=\sqrt{(\mathbf{v},\mathbf{v})}\qquad(\mathbf{v}\in V)$
と定めることによりノルムを導入することができる.
$\mathbf{R}^n$ におけるEuclidノルムとドット積がこの関係にあることに注意しよう.
内積が定義されたベクトル空間を
内積空間 ,
ノルムが定義されたベクトル空間を
ノルム空間 というが,この意味で,
内積空間は自然にノルム空間とみなすことができるのである.
例
先の例で見た $\mathbf{R}^2$ において
$(\mathbf{x},\mathbf{y})_1=x_1y_1+2x_2y_2$ for $\mathbf{x}=\left(\begin{array}{c}x_1\\x_2\end{array}\right),\ \mathbf{y}=\left(\begin{array}{c}y_1\\y_2\end{array}\right)$
で定義される $(\cdot,\cdot)_1$ は内積であるが,この内積によりノルム
$\|\mathbf{x}\|_1=\sqrt{(\mathbf{x},\mathbf{x})_1}=\sqrt{{x_1}^2+2{x_2}^2}$
を定義することができる.
この $\|\cdot\|_1$ がノルムの条件を満たしていることを確認されたい(練習2.3参照).
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