実数

第7講 有理数体の完備化

完備距離空間 前講において,実数体をDedekind切断の集合として構成し,実数体 $\mathbf{R}$ (すなわち上限性質をもつ順序体)というものが確かに存在することを確認したが,実数体のもう一つの構成法として「距離空間としての有理数体を完備化する」というものがある.
第4講において,実数体 $\mathbf{R}$ は「任意のCauchy列が収束する」という性質をもつ(もたなければならない)ことを見た.すなわち
$\mathbf{R}$ の点列 $(a_n)_{n\in\mathbf{N}}$ がCauchy列ならば $\displaystyle \lim_{n\to\infty}a_n=a$ となる $a\in\mathbf{R}$ が存在する.
この意味で,$\mathbf{R}$ は完備な距離空間である.有理数体 $\mathbf{Q}$ はこの「完備性」という性質をもたない.すなわち
$\mathbf{Q}$ の点列 $(q_n)_{n\in\mathbf{N}}$ がCauchy列であっても $\displaystyle \lim_{n\to\infty}q_n=q$ となる $q\in\mathbf{Q}$ が存在するとは限らない.
このことに着目し,この講では再び実数体の存在をまだ知らないつもりになって,完備でない距離空間である $\mathbf{Q}$ から完備な距離空間である $\mathbf{R}$ を構成する方法を見ていこう.
有理Cauchy列の同値類 有理数列$(q_n)_{n\in\mathbf{N}}$がCauchy列であるとは
$\forall\varepsilon \in\mathbf{Q}_+,\ \exists N\in\mathbf{N},\ m,n\ge N\ \Rightarrow\ |q_m-q_n| < \varepsilon$
が成り立つことであった.このような数列を有理Cauchy列と呼び,すべての有理Cauchy列からなる集合を $\mathrm{C}(\mathbf{Q})$ と書くことにする.
有理Cauchy列 $(q_n)_{n\in\mathbf{N}}\in\mathrm{C}(\mathbf{Q})$ に対して,その同値類何? $[(q_n)_{n\in\mathbf{N}}]$ を
$\displaystyle [(q_n)_{n\in\mathbf{N}}]\stackrel{\mathrm{def}}{=}\Big\{\,(p_n)_{n\in\mathbf{N}}\in\mathrm{C}(\mathbf{Q})\,\Big|\,\lim_{n\to\infty}(p_n-q_n)=0\,\Big\}$
により定め,このようなすべての同値類からなる集合を $\mathcal{C}(\mathbf{Q})$ と表す.
順序 $\mathcal{C}(\mathbf{Q})$ における順序を次で定義する:
$\displaystyle [(p_n)_{n\in\mathbf{N}}] < [(q_n)_{n\in\mathbf{N}}]\ \stackrel{\mathrm{def}}{\Leftrightarrow}\ \exists\varepsilon\in\mathbf{Q}_+,\ \exists N\in\mathbf{N},\ n\ge N\Rightarrow q_n- p_n\ge \varepsilon$
もちろん $[(p_n)_{n\in\mathbf{N}}]\le [(q_n)_{n\in\mathbf{N}}]$ とは
$[(p_n)_{n\in\mathbf{N}}] < [(q_n)_{n\in\mathbf{N}}]$ または $[(p_n)_{n\in\mathbf{N}}] = [(q_n)_{n\in\mathbf{N}}]$
であることとする.
  • $\mathcal{C}(\mathbf{Q})$ は上述の関係により全順序集合となる.
  • $\mathcal{C}(\mathbf{Q})$ は最大元も最小元ももたない.
定値有理数列の同値類 $q\in\mathbf{Q}$ に対して,$q$ に収束する有理数列からなる同値類を $[\,q\,]$ と表すことにする:
$\displaystyle [\,q\,]=\{\,(q_n)_{n\in\mathbf{N}}\,|\,\lim_{n\to\infty}q_n=q\,\}$
さらにこのようなすべての同値類からなる集合を $\mathcal{C}(\mathbf{Q})_0$ と表そう:
$\mathcal{C}(\mathbf{Q})_0\stackrel{\mathrm{def}}{=}\{\,[\,q\,]\,|\,q\in\mathbf{Q}\,\}$
$\mathcal{C}(\mathbf{Q})_0$における演算を次で定義する: $p,q\in\mathbf{Q}$に対して
和 $[\,p\,]+[\,q\,]\stackrel{\mathrm{def}}{=}[\,p+q\,]$
差 $[\,p\,]-[\,q\,]\stackrel{\mathrm{def}}{=}[\,p-q\,]$
積 $[\,p\,][\,q\,]\stackrel{\mathrm{def}}{=}[\,pq\,]$
$[\,q\,]\neq [\,0\,]$,すなわち$q\neq0$のとき
商 $[\,p\,]/[\,q\,]\stackrel{\mathrm{def}}{=}[\,p/q\,]$
  • これらの演算と前節で定義した順序により,$\mathcal{C}(\mathbf{Q})_0$は$\mathbf{Q}$と同型な順序体となる.
  • $\mathcal{C}(\mathbf{Q})_0$ は $\mathcal{C}(\mathbf{Q})$ の稠密な部分集合である.
上限性質
  • $\mathcal{C}(\mathbf{Q})$ は上限性質をもつ
完備距離空間としての実数体 以上により,有理Cauchy列の同値類からなる集合 $\mathcal{C}(\mathbf{Q})$ が前実数体であることが示された.従って,再び第5講の方法で演算を定義することにより $\mathcal{C}(\mathbf{Q})$ は実数体となる.
$\mathcal{C}(\mathbf{Q})=\mathbf{R}$
前講に続いて,「実数とは何か」という問に対して
実数とは有理Cauchy列の同値類のことである
という二つ目の回答が得られた.
ところで,前節の議論を観察すると, 順序体においては上限性質をもつことと距離空間として完備であることは同値であることが自然に予想される. 実際それは正しく 詳しく! 従って実数体の定義として次を採用してもよいことになる.
距離空間として完備な順序体のことを実数体といい,$\mathbf{R}$ と表す.$\mathbf{R}$ の各元を実数という.

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